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2017年7月22日 (土)

中3版 英作文です

中3版英作文です。満点だと、結構力あり!

 

①彼女が 上手に英語を話すのは 難しい です。

 

②彼は 彼の娘を 良い医者に しました。

 

③彼は 私と 同じくらい多くの本を 持っています。

 

④もし明日雨が降ったら、彼女はテニスをしません。

 

⑤あのネコは ときどき 鳥を 捕まえるために 早く 起きます。

 

⑥私は 彼女が 何か冷たい飲み物を 欲しがっているのを 知っています。

 

⑦彼女は 英語を 話すのが 得意です。

 

⑧大きな木を 切ることは 彼女にとって カンタンでした。

 

⑨この公園は あなたたちによって 毎週 掃除されなければなりません。

 

⑩彼女の本は あの机の上に ありますか。         はい。

 

⑪彼女たちの兄は 彼女たちに どこで宿題をしたらいいかを 教えた。

 

⑫彼は 彼の父に 英語を勉強するために オーストラリアへ 行きたいと 言いました。

中1のこの時期の英作文

中1の英作文です。
これは全問正解すべき問題です。

① 私は/英語の先生/です。
② あなたは/英語を/教えます。 
③ この少年は/良い生徒/です。
④ 私は/英語の手紙を/読みます。
⑤ あなたは/彼女の兄/ですか。  はい。
⑥ あなたは/あの親切な少女を/知っていますか。  はい 
⑦ あなたは/彼女の友人/ではありません。
⑧ 私は/今日/公園で/本を/読みません。
⑨ 彼の姉は/有名な歌手/ですか。   はい。 
⑩ あなたは/公園で/走りますか。   はい。
⑪ 彼の父は/アキの先生/です。
⑫ 私は/カワイイネコが/好きです。
⑬ あなたの兄は/テニスの選手/ですか。  はい。
⑭ あなたは/毎日/テレビを/見ますか。  はい。
⑮ その少女の兄は/とても背の高い少年/です。

2017年6月 8日 (木)

計算の重要性

計算って、単なる作業だと思っている人が多いかもしれません。
計算と言えば”筆算”、というようにやっていれば、確かに作業なんですが…。

しかし、計算はとても重要なのです。
特に、小学生の間に、数の感覚を養うことは、
高3での積分や数列の計算で威力を発揮します。
もちろん、中学数学でも、人とは一味違う、
問題演習のスピードを身につけることができます。


そして、計算力を司っているのは、脳の「前頭葉」という部分です。。
この部分は、人を人らしくすることを担っています。
創造力・記憶力・判断力・コミュニケーション力・
ものごとを順序立てて効率的に行う力である遂行力・意欲、等々、
前頭葉を鍛えることでアップさせることができるワケですね。


逆に、ここが衰えると、もしくは鍛えていないと、
やればできるのにやらない人。
人から命令されなければ動かない人。
ダラダラ時間を過ごす人。
こういった人になってしまいます。


小中高の間は、社会で役立つ人になるための準備期間です。
色んな知識を身につける脳の働きを、計算は強化してくれます。
ただ、やり方が大事なんです。

筆算は絶対にダメです。計算に正解するだけならいいかもしれませんが、
能力を上げることを目的にするなら避けるべきでしょう。
工夫して、効率よく、数の性質、計算の性質を見極めて、
最善の方法で計算する練習をしていきましょう。

2017年4月10日 (月)

私は思う 単語の覚えかたについて

単語の覚えかたって、「何度も書け」「声に出して読め」、

「歩きながらぶつぶつ言って覚えろ」「空に何度も字を書きながら覚えろ」、

やりかたは、ほんとに色々ありますよね。

 

単語は「音」「つづり」「意味」の三者をリンクさせて覚える必要があり、

単なるアルファベットの羅列である単語は、漢字より覚えにくいんです。

 

でもね、せっかくやるなら、

一石二鳥、三鳥となるやりかたを指導すべきなんじゃないかと。

 

根本的に学習には、”記憶力”が必要です。

自分の知っていることと、新しい知識をリンクさせて、

新しいことを定着させていくのが学習です。

 

考えてみるとですね、記憶力の強化以前に、注意力、観察力、集中力、忍耐力、

こういった力から、記憶力は強化されていくんじゃないでしょうか。

 

だから、私は、「単語を覚えるというよりも、何かを覚えるとき、

自分はこうやれば覚えられる、何回すれば、どれくらいの頻度ですれば、

自分はこれくらい覚えられるというのを掴むことが目的だっ」

というところから、まず話しています。

 

「単語を覚える」ことは、手段であって目的ではない。

記憶力の増強、自分はこうすれば覚えられるという方法を見つけ出すこと。

これを目的に設定しているワケです。

こう目的を設定することで、「覚えなアカンのに、覚えられへん~」という

つらさも軽減されるみたいです。

 

そして、注意力、観察力がまず大事であること。

どうすれば注意力、観察力が養われる単語の覚えかたができるのか。

次に集中力をどうやってつけていくか。

それから、きちっと覚えていく中で養われる忍耐力について。

こういったことを、練習していく中で、話しています。

 

 

「何回も何回も覚えるまで書け!」

それを否定するつもりはありませんが、

塾というのは、学校が終わってからわざわざ来るところです。

 

一つのすることが、色んな効果を生み出すようにしていくべきだと

思っています。

 

2017年4月 1日 (土)

釧路市の子どもたちに基礎学力の習得を保障するための教育の推進に関する条例より

「釧路市の子どもたちに基礎学力の習得を保障するための教育の推進に関する条例」

ってご存知でしょうか?平成25年1月1日から施行されています。

 

この条例の原点は「小学4年生までの学力を子どもたちに身につけさせよう」

ということだそうです。

 

以下、北海道の塾さんのブログから引用させていただきます。

この条例が可決される以前に書かれたものです。

 

 

引用→

釧路キャッスルホテルスタッフブログ「釧路市の基礎学力保障条例案について」

 

 

本日は少し真面目なお話を・・・。

 

北海道の学力の低さ、そしてその中でもこの釧路市の学力の低さ、

と言うのはここ最近大きな問題となっています。

そして、民間が中心となって「釧路の教育を考える会」等が立ち上がり、

その活発な動きやご尽力もあり、

行政も動きだし、「基礎学力保障条例案」が提出されました。

その内容はここには記載しませんが、

どうも反対する方等も多いようで・・・。

 

あまり社会的な事や私見をBlogで述べるのは

どうかとも思いますが、この事については一人の経営者としても

見逃せない問題なので生意気かもしれませんが、書かせて頂きたい。

 

雇用する立場の人間としてはっきり言えるのは、

今の学力の子ども達、

また、そういった教育環境で社会人としての基礎的な事や、

「嫌な事でも努力する」「他の人に負けたくないと努力する」

そう言った精神を養ってくる事ができずにいる子ども達を

雇用する気にはなれないと言う事です。

 

それは「勉強ができないから」ではありません。

勉強と言う努力をしていく事によって備わっていくであろう

「社会人としての能力」が著しく低くなっているからに他なりません。

 

ここから先は私見になりますが、学校で勉強する、と言う事は、

学力を上げて能力を上げると言う事はもちろん最大の目的ですが、

大事なのは、「嫌な事でも必要な事には最大限の努力をする」

「点数と言う形で結果や優越がでる中で結果がでるように努力する」

そう言った精神を養う事なんじゃないかな、と思う訳です。

 

そして学校と言う、同世代の多種多様な人間が集まる共同生活の中で、

部活をやりながら、学校行事をやりながら、友達との付き合いをしながらetc・・・

様々な事を経験し、それらをこなしていきながら

勉強と言う努力を同時にしていく事で、社会に出てからの必要な能力、

(それは学力だけではなく、社会性や、目標に向かって努力する事、

必要であれば嫌な事も努力する、etc・・・)

と言うものも自然と身につけていく・・・・・。

それが「学校」と言うシステムなのだと。

 

その中で、いちばんの努力項目である「勉強」をする事を

怠ったらどうなるのか。

努力をしている人達、していた世代と比べたらどんな大人になるのか。

 

単純な事です。

 

「社会人としての能力の低い大人ができあがる」

 

何度も書きますが、学力だけの事ではないのです。

私達にとっては当たり前の事が当たり前ではない大人が次々と出来上がっているのです。

ではそう言った事を社会に出て就職し、会社の中で学ばせるのですか?

 

冗談じゃありません。

 

考えてみて下さい。

会社から見て「使える人間」になるのに、今迄は1年かかっていたものが、

3年かかればどうなるか?

そしてそれ以前に、使える様になるまで、その子達が続かない現状・・・・・。

 

そんな事を続けていれば、

会社の機能性も落とし、生産性も落とし、技術も落とす。

 

それがやがては経済、広く言えば国力さえも落としていく。

 

そんな負のスパイラルになっている事を、

しっかりと認識しなければいけないのではないでしょうか?

 

それくらい、今の若い世代の「社会人としての能力」は低いのです。

 

経営者が集まれば、必ず出る言葉があります。

 

「人がいない」

 

それは高い能力を持った「人財がいない」と言う意味ではありません。

 

我々世代にとって当たり前の事を当たり前に出来たり考えたり、

「出来る様になる為に努力する事ができる子」が少ない。

そんな意味なのです。

 

その根底にあるのは、学力を上げる「努力」をしなくてもよい

今の教育環境がある。

 

この条例が通るか否かは、

釧路市にとっても、長い眼で見た正念場であると思います。

 

←引用ここまで

2017年3月29日 (水)

私は思う 部活

中央教育審議会が検討する学習指導要領の全面改訂で、

目玉の一つが「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる学習・指導方法の導入です。

 

小・中・高校のアクティブ・ラーニングは

「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」としたうえで、

「何を教えるか」という知識の質や量の改善はもちろん

「どのように学ぶか」という学びの質や深まりを重視し、

知識・技能を定着させるうえでも、学習意欲を高めるうえでも

効果的だと意義付けています。

 

そして、資質・能力の三つの柱 

①知識・技能

②思考力・判断力・表現力等

③学びに向かう力・人間性等

に基づき、「何ができるようになるか」を、

重視していく方向になっています。

 

このように、学習が主体的・協働的に学ぶ方向に進みつつある今、

指導者によって作られた活動予定に、単に従ってするという、

受動的に活動している部活にもメスを入れるべきではないでしょうか。

 

本来、息抜きや楽しみが目的であるはずの部活の現状は、

言われたことをやっているだけ、

部活が休みだと大喜びする、

テスト前で勉強したくても、試合が近ければ練習がある、

というものになっているのです。

少し前までは、試合に負けると殴られるというのもありました。

部活というのは、何かを成し遂げなければならないものではありません。

学習だけでは学べないものを、学ぶ場であるはずです。

 

 

そこで、部活は全て、”同好会”的な運営にしてはどうでしょうか?

 

本当にやりたいことを、仲間を募ってやる体験をすることができます。

そして、自分のやりたいことをするための考え方、手続き、人との折衝なども

学べることになります。

特に、リーダーシップ、責任感の養成にはうってつけだと思います。

 

人は自分が本当にしたいことについては、

能動的になるのです、これを通じ、様々なことを学ぶことができるでしょう。

 

たとえば、

同好会設立の申請書作成。

顧問を担当する教員への依頼。

公立の施設(教室・グラウンド・体育館)の使用の手続き。

月間活動予定の提出。

活動報告の提出。

部費の決定、徴収、決算の報告。

対外試合、対外発表等は、顧問に、目的、予定を申請し、

自ら交渉し、実現する。

こういったことを、中学段階から体験させるワケです。

 

隣接する学校の生徒との共同チームなんかもできるかもしれません。

「学校対抗」という村社会的な発想もなくなり、

仲間を自分で作り、チームを作り、目的に向けて動くという活動に

なってくればいいですよね。

 

規約に反すれば、即、廃部とすることで、

自分の行動には責任を伴うこと、自分が責任を負うことも

学べるのではないでしょうか。

 

言われたことを、「ハイ、ハイ」と、ただこなすだけの人材を作るには

現在の部活というのは最適なシステムです。「体育会系」という言葉もありますし。

しかし、そういう時代ではない、という方向に向かっているのです。

 

学習は「能動的」にやれ、部活は「受動的」にやれ、

というのはおかしいですよね。

2017年3月25日 (土)

私は思う 初等教育・前期中等教育

分数の計算もできない大学生。

be動詞の授業から始まる大学の英語。

など、色々、大学が批判されたりしてますが、

コレって別に大学のせいではないですよね。

(まあそういう学生を入学させてしまうというのはありますが)

高校では、教育困難校という名がつく高校もあります。

 

義務教育である、小学校、中学校の機能のどこかが、

マヒしてるから、そういう不幸な事態が起こってるんじゃないですか?

問題が表面化するのが高校や大学だってことだけですよね。

 

そこで、実は小学校、中学校こそ、映像授業なのではないでしょうか。

 

義務教育である以上、一定水準の知識、技能を身につけさせることは、

国家の義務です。将来、義務を果たせる人にするために、

義務教育はあるはずです。

何も身につけさせず卒業させるということは、

あってはならないことだと思います。

 

教科指導や生活指導、課外活動の指導まで、

全て教員にゆだねるのは、過重な労働を強いることになり、

生徒、教員、どちらにもデメリットしかありません。

現状では、義務教育の目的である、一定水準の知識、技能は、

子どもたちに身につけさせられないのです。

上記の高校や大学の例は氷山の一角に過ぎないでしょう。

 

教科指導を映像授業の視聴にすれば、

教員による授業の質のバラつきもなく、指導内容に公平性、均一性、

一定水準が保たれます。

教員は、視聴指導、ならびに、ちゃんとできない子には、

放課後、今一度視聴させたり、生活指導を実施し、

全員に一定水準の知識と技術を身につけさせるようにすれば

いいのではないでしょうか。

授業実施というしばりがなければ、問題のある生徒への対応も、

放課後だけではなく、就業時間内に十分時間が取れるでしょう。

 

欠席や不登校の場合も、居残りや家で視聴すれば、

全く不利となることもありません。

学校閉鎖、学級閉鎖による、進度の遅れという問題も解消されます。

 

小学校での視聴について言えば、

小1と小6という、精神的成長が全く違う子どもたちが、

一律の授業時間というのもおかしな話です。

これも、小1は視聴時間を、初めは15分くらいからにし、

徐々に学年が上がるにつれ、長くしていけばいいのではないでしょうか。

 

センター試験の廃止やアクティブラーニングの導入、

小学校からの英語指導、中高一貫校の創設、

様々な教育政策をとられていますが、

できる子、する子のためのエリート養成の方向ばかりではなく、

全体の知的水準を上げることが、国家百年の計となるのではないでしょうか。

 

2017年3月24日 (金)

平成29年度 高校1年生の教科書

★普通科のみ(明石南のみ総合学科)

                                                                       
 

英語C

 
 

数学Ⅰ

 
 

数学A

 
 

明石

 
 

POLESTAR

 
 

数研 329

 
 

数研 329

 
 

明石北

 
 

PROMINENCE

 
 

数研 327

 
 

数研 327

 
 

明石城西

 
 

PROMINENCE

 
 

数研 328

 
 

数研 328

 
 

明石西

 
 

Power On

 
 

東書 318

 
 

東書 318

 
 

明石清水

 
 

WORLD TREK

 
 

数研 329

 
 

数研 329

 
 

明石南

 
 

LAND MARK

 
 

数研 328

 
 

数研 328

 
 

加古川東

 
 

ELEMENT

 
 

数研 328

 
 

数研 328

 
 

加古川西

 
 

UNICORN

 
 

数研 327

 
 

数研 327

 

 

ちょっと英語は持ち直しましたね。

普通科がメインの高校であれば、進学するしか道はなく、

やはり、これくらいの水準は最低限必要というラインにもどったようです。

数学は相変わらず、数研が多いですが、数字の少ない方が、

一般的に難度が高くなります。しかし、数学は教科書メインというより、

チャートであったり、ニュースコープや、先生手作りプリントが

メインなので、教科書のレベル差の影響は少ないのではないでしょうか。

 

私は思う 中学校の定期考査

定期考査って、そこまでの内容が身についたかどうかを測るためと

成績をつけるための二つが、主な目的だと思うんです。

 

そして、授業する側の、自分の指導を振り返るためのものでもあります。

 

 

昔っからそうなので、あんまり疑問に思う人はいないと思うんですが、

コレって何かオカシイんですよね。

授業をした人が、テスト問題を作成するというのは、

作為的にテストを作れちゃうんです。

そして、自分が出題したい問題を出題するので、

生徒の理解や達成度を測るものになっていない場合が多いんです。

毎回、出題の問題レベルが違うとか、安定しなかったりもします。

 

 

テスト受験者の、理解度、習熟度、達成度等を測らねばならない、

授業をする側にフィードバックできないといけない、という必要性があるので、

本来、テストを作成するというのは、非常に高度な知識と技術が必要です。

 

各問題について、難易度を完璧に知っていること。

問題を難易度順に並べることができること。

各問題が、何を身につけさせる目的を持つかを知っていること。

これができていないと、これはできないという各問題の関連性を知っていること。

自分の授業を受けている生徒が、ということではなく、

全国の同学年の中で、これくらいの層がここまでは正解する。

ここからここまでの問題はその次の層が正解する。というふうに、

生徒の習熟度と問題レベルを輪切りにして理解していること。

等々。

 

こういったことを、たかだか数年の経験しかない人が、内申点を左右する、

言い換えると、人生を左右しかねない成績を決めるテストを作るというのは

いかがなものなのでしょう? またベテラン教員の方にしても、様々な業務が

増え、テスト作成だけに全力を上げることも難しいでしょう。

学校の先生方の負担も、テスト作成は、大変高いと思います。

 

中学は義務教育なので、一定レベルの知識を身につけさせるのは義務です。

その一定レベルが身についたかどうかを測るテストが、

教員個々に任せられているのはオカシイんじゃないですかね。

 

そこで、提言ですが、定期考査の問題は、少なくとも市単位で統一すべきでしょう。

(できれば、高校の同学区は同じであるべきですが)

採点や成績表の作成も、市もしくは、同学区でするのがいいですね。

 

テスト期間も同じであれば、練習試合があるから、テスト前やけど練習がある、

といった本末転倒なことも起こらないでしょう。

テスト前の部活禁止期間も、各校の判断で決められるのではなく、

一週間前からと平等な状態になると思います。

何と言っても、成績に対する信頼が回復するでしょう。

同じ学力なら同じ成績がつくワケですし。

 

教員の方々も、授業レベルの設定がしやすくなり、授業の組立てがちゃんとできます。

授業の構成と言うのは、テストという目標へのアプローチという位置づけで考えるからですね。

テスト作成の負担も減るので、授業をよりよくする方向への力も出てくるんではないでしょうか。

せっかく教員が教育委員会に出向しているのですから、

こういったベテランの先生方が責任を持って作成して欲しいものです。

 

もう、学校単位で成績を決めるということを、終わらせるべき時代が

きているんじゃないでしょうか。

 

「機会は平等だが、結果は自分次第」という、ごく当たり前のことを、

分からせるのも義務教育中が一番いいのでは?

何といってもやり直しがいくらでもきく時期なのですから。

 

2017年3月22日 (水)

学習は子どもの課題

学習というのは、親の課題ではなく、子どもの課題です。

最終的に誰が責任を取るかということから考えると、そうなりますよね。

最終的に責任を取る人の課題です。

 

「全然勉強せえへんから困るわ」というのは、小学校高学年くらいからだと思います。

これくらいの年齢なら、子どもに対して話すべきは、「勉強せえ」ではなく、

勉強をしないことによってどうなるか。

どう困ることになるか。

勉強をすることによってどうなるか。

こういうことを、伝える、もしくは一緒に考えることではないでしょうか?

 

勉強しないとどうなる、勉強するとどうなる、という、知識、情報を持たせるワケです。

そこから、“学習は自分の課題”ということを認識させていければいいですね。

できれば、勉強をしないという状況になる前から話していくのがよいのですが。

 

こういう話ができているなら、ちょっと最近勉強する姿が見られなくて心配という場合、

「最近勉強してないみたいやけど、相談のろか?」などという声をかけるくらいで

いいんじゃないですかね。

 

しかし、私立中・高・大へ行くということになると、費用の問題になるので、

これは、親の課題となります。

この場合は、その費用がいくらであり、家計にこのような影響がある、

と伝えればいいと思います。

その情報を得て、子どもも考えると思います。

 

人は、情報や知識があって、初めて考えられるようになります。

情報や知識という考える材料がなければ考えることはできません。

 

勉強について考える、情報や知識を持たせる。

勉強というのは自分の課題、という当事者意識を持たせる。

これが、勉強しない子には必要ではないでしょうか。

 

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